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精度、精度、精度!
本間先⽣とゼオシステム、その協⼒者の⽅々がいよいよ協働することになり、研究は俄然加速していきます。
ゼオシステムはもとより、さきにご紹介した神奈川⼤学⼭崎研究室、MDRSの⼭末先⽣をはじめとした先⽣⽅、神奈川産業技術センター(現
KISTEC)の研究員の⽅、地元企業を⽀援する横浜経営⽀援財団の指導員の⽅まで加わり、気がつけば⼀⼤チームになっていました。
これだけの⽅々が総⼒を挙げて取り組んでいましたが、それでも乗り越えることが困難な、⼤きな壁が⽴ちはだかります。
それは、尿の「流れ」を整えることでした。
当然ながら、尿は静かな川のせせらぎのように流れることはありません。勢いも量も随時変わりますし、⾶び跳ねもあります。
そのままの状態ではとても計測できる状態ではなく、機器としてはそれを受け⽌め、
流体の動きとして美しいものに整えてから計測しなければなりません。
世界の先⾏研究では、この問題を克服することができず「正確な尿流量計は実現不可能だ」と結論付けていました。
それほどの難題、つまりこれは当時世界の誰も突破できていなかった、世界初への挑戦だったのです。
流れを整えるための機構を作り、実験し、精度を追求する。だめなら、最初からやり直し。
研究室の中で、本間先⽣とのやり取りの中で、これを幾度となく繰り返しました。
本間先⽣に研究経過を報告する前、精度が悪いときは徹夜だったこともあります。
とある⽇は、先⽣1⼈に研究チーム10⼈で説明することもありました。
それでも、最⾼の精度を求める先⽣から、厳しい⾔葉をもらうことも⼀度ではありませんでした。
⼀も⼆もなく、とにかく精度。
世界の誰も到達したことがない⾼みは、
それを⾒たことがなければ、どこまで登ればいいのか分かりません。
どこまでいけばいいのか。果たしてこの道は正解なのか。
研究チームと本間先⽣は、苦しい試⾏錯誤を2年近く続けたのです。
この路は間違っていたのか?
精度向上に関する「産みの苦しみ」は、技術的にも⾮常に興味深いものなので、もう少し詳しくお話ししたいと思います。
研究チームと東京⼤学(本間先⽣)は、正式に2014年5⽉に契約を締結し、ともに製品化に取り組むことになりました。
本間先⽣は、尿の流れを整えることが必要であることをご存知でした。
より具体的に⾔えば、尿はまっすぐに尿路から出てきて乱流になるのではなく、トルネードのように、ある意味回転しながら出てくることを知
っていたのです。
2014年9⽉11⽇、はじめて正式な技術指導の機会を持った時、本間先⽣は最初に、擬似膀胱の中を⼿のひらで撫でて尿の流れを⽰し、そのことを⽰されました。
そしてこれを解決すれば⾼精度な尿流量計が開発できる、と可能性を語ったのです。
しかし、本間先⽣も研究チームも、この課題の克服がどれだけ困難か、当時は知る由もありませんでした。
課題を⽰された研究チームは、チームなりの⽅法で整流機構を開発し、最初の会から半年余りを経た2015年3⽉、本間先⽣にプロトタイプの精度を⾒てもらいました。その計測結果を確認した本間先⽣は、こう⾔いました。
「計測精度は20%‥僕の考えは間違っていたのかもしれない」
⾃信を持ってプロトタイプを持ち込んだ研究チーム全員、⼀気に顔⾯蒼⽩になりました。
本当に⽅法は正しかったのか?そもそも整流なんてできないのではないか?
この⽇から、ゼオシステムの下川信⼦さん⽈く「知っていたらこんな難題に向かっていかなかった」
と述懐するほどの苦しい⽇々に、研究チームは⾶び込むことになります。
それは、クリスマスの贈り物
「精度20%」と評価されてから、ゼオシステムの下川三郎社⻑の眠れない⽇々が始まりました。
本間先⽣が最初に⽰された、あの仕草の本当の意味は何か。
どこか汲み取れなかったことがあるのではないか?もっと追求できることはないか?
気がつくと、寝ても覚めても紙に鉛筆で線を引き、新たな整流機構のアイデアを練っていました。
ああでもないこうでもないと悩み、あれこれ試作しテストを繰り返す。
これはと思い本間先⽣に⾒てもらっても、本間先⽣の基準からは精度はまだまだ。
なかなか認めてもらえませんでした。
そうこうするうちに、季節は冬を迎えます。
本間先⽣がゼオシステムに赴き、プロトタイプの測定精度を確認した帰り際、思いがけない⼀⾔がありました。
「製品のネーミング、考えてくださいね」
そう⼀⾔⾔って、帰りのエレベーターで深々と頭を下げたのです。
ほとんど厳しい⾔葉しかかけてこなかった本間先⽣が、ついに、製品の精度を初めて認めてくださったのです!
その⽇は2015年12⽉24⽇‥その⾔葉は、まさに本間先⽣からのクリスマスの贈り物でした。
この⽇、事実上、Freeflow®の製品化が決定したのです。
最後の難関、そして欲しかったその⾔葉
2015年の年の暮れ、ついに本間先⽣に認められるほどの測定精度を達成した研究チーム。Freeflow®︎という商品名も決定し、今度はいよいよ医療機関に製品を持っていき意⾒を聞ける段階になりました。
しかし、ここで思わぬ意⾒が医療関係者から上がってきました。
測定精度についてではなく、衛⽣的に継続使⽤には問題があるという声でした。
研究チームはまたも頭を抱えました。Freeflow®の測定精度を⽀える尿の整流機構と⽻根⾞の形状は確かに突起物が多く、毎回完璧に清浄できるのか?と⾔われれば保証はできませんでした。それに⻑く使えば、落としきれなかった微⼩な蓄積物が測定精度に影響を及ぼす悪影響を、排除できませんでした。
しかしだからと⾔って、数回使っただけの使い捨てにできるほど、本体のコストは安くありません。むしろきっちり精度の⾼い測定をするため、材料を含めふさわしいコストをかけた、それなりの単価を予定していたのです。これは販売後のビジネスモデルをも左右する、⼤変⼤きな問題でした。
ゼオシステムの下川社⻑は、かなり悩んだ挙句、これまで培ってきたものの⼀部をあえて捨てる道を選びました。材料も検査⽅式も、精度にこ
だわって作り込んでいた測定部分、⽻根⾞部分もすべて思い切って、取り外せ、使い捨てられる⽅式にしたのです。
そのために最初にご紹介した、⼤バルクハウゼン効果を利⽤した測定⽅式をやめ、フォトインタラプタ素⼦を利⽤した光学読み取り⽅式に、
さらにこの部分の素材を樹脂に変更しました。毎回取り替えるというわけにはいきませんが、ディスポーザルパーツ化に舵を切ったのです。
当然、ほぼ同じ形状とは⾔っても⼤きな仕様変更ですから、測定精度の確認はいちからやり直しです。
本間先⽣の協⼒をいただきながら、またも測定精度の向上に試⾏錯誤する⽇々が始まりました。
ディスポーザル化へ仕様変更してから1年近くたった2017年2⽉。
新たなプロトタイプの精度を確認した本間先⽣は、その製品を⼿で触りながら感慨深そうに、こうつぶやいたのです。
「初めて、完全な流量計算ができる尿流計ができた」
まさに、最⾼の褒め⾔葉でした。
独⾃に製品開発を始めてから、5年の歳⽉が流れていました。