Freeflow®は、光学技術に強みを持つ神奈川のものづくり企業である「株式会社ゼオシステム」が、泌尿器科において著名な医師、地元の学術機関、⽀援機関などの⽀援を得て開発した製品です。その道程は約5年におよび、製品化を果たしたいまも、さらなる機能向上、進化を⽬指し研究開発を進めています。こちらでは、現在のFreeflow®の開発過程をノンフィクションで振り返ります。

すべてはここから始まった

⻑い道のりのすべては、ここから始まりました。

医療機器への参⼊を検討していたゼオシステムは、当時経済産業省の事業として展開されていた「課題解決型医療機器等開発事業 医⼯連携推進事業」のひとつとして⾏われたこのイベントに参加しました。2012年9⽉19⽇、今から7年も前のことです。
そこである泌尿器科治療に関する、医療者の研究を知りました。
機器開発のパートナーを探していた、ある⼤学の⽅でした(実は、現在協⼒してくださっている本間先⽣ではありません)。
⾃社の技術を活かせそうということで、この⽅の研究に参加すべく⼿をあげました。
しかし、残念なことにパートナーとして採択していただくことは叶わなかったのです。
思いもよらぬいきなりの挫折でしたが、ゼオシステム社⻑である下川三郎さんと、奥様の信⼦さんは、こんなことで諦めることはしませんでし
た。なんと⾃ら、とある別の⼤学の研究室に⾶び込んで研究を開始するのです。

2つの偶然

医学者との共同研究が叶いませんでしたが、ゼオシステムでは、それまでの基礎的なリサーチで、排尿障害で必ず⾏う尿流量検査には2つの⼤きな課題があることを知っていました。
ひとつめは、病院での検査のみでは患者の状態が分かりづらく、もっと多くの場⾯で検査できる⼿段が求められていること。ふたつめは、衛⽣
⾯から、従来の尿をコップにためる⽅式以外のものが求められていること。これらを解決する⽅式の検査装置、医療機器があれば、排尿障害の
診療⽅法に⼤きな進歩をもたらすことができると意気込んでいました。

しかしそこには技術的課題がいくつも横たわっていました。
尿流量検査の⽬的はかんたんに⾔ってしまえば「おしっこの勢いと量」を測ることで、患者さんの膀胱の状態、尿路の状態を知ることです。
つまり排出量のほかに、尿が排出される速度を測る必要があります。ただ、尿に限らず、個体ではない、かたちもない流体の速度を正確に測るのは相当難易度の⾼いハードルでした。下川さん以下、参考になる既存技術を探索すると、医療分野で転⽤できそうな特許技術を発⾒しました。

静磁⽯と磁性体との移動で、磁性体の極を⼀気に反転させる「⼤バルクハウゼン効果」。これを利⽤し、⽻根⾞に搭載して物理的な動きに変換、点滴速度の制御と計測を⾏う装置の特許でした。量も流体の特性も違いますが、これをベースにすれば尿の流速を測定できる可能性があります。
これを発⾒したとき、社内に希望が湧きました。
なぜならゼオシステムは以前からこの「⼤バルクハウゼン効果」を利⽤したドアの開閉検知システムなどを開発していたので、この効果の利⽤⽅法については習熟していたのです。
そしてさらに彼らの意気を⾼めたのが、この特許の開発者が、地元神奈川⼤学の研究者だったことです。
ゼオシステムと神奈川⼤学は、物理的にも最寄駅が隣、というほど近い位置にありました。
果たしてこのような偶然があるものでしょうか?

ゼオシステムは社内をあげ、まず神奈川⼤学と、この特許技術をベースにした流体計測の研究を⾏うことに決めました。
いまのβ版が⽣まれるはるか前、2013年。出⼝はまだ⾒えませんでした。

その夢は、地域の夢へ

神奈川⼤学での先⾏技術に希望を⾒出したゼオシステムは、同⼤学⼯学部機械科⼭崎研究室と共同研究を開始しました。社⻑以下、奥様の信⼦さん、専任の社員が毎週1回、2年間通い続けました。この写真は、お世話になった研究室での⼀コマです。
この研究室では、現在のfreeflow®の根幹をなす技術を⾏いました。導管を流れる流量計算から始まり、⽻根⾞の枚数・⼤きさなど、地道なトライアンドエラーを研究室に通う学⽣さんと⼀緒に取り組み、この間に3名の学⼠卒論を⽀援してきました。

この研究ですが、実はゼオシステムだけでなく、様々な⽅にご協⼒をいただいています。
実証実験が成⽴した場合、実験実施にご協⼒いただけるMDRS(かながわ医療機器レギュラトリーサイエンスセンター:当時)の先⽣⽅、県内
企業に対する⽀援を⾏う神奈川産業技術センター(現KISTEC)の研究員の⽅も加わってくれていました。
気がつけばこの研究は、ゼオシステム単体のものではなく、神奈川のものづくりの夢として、⼤きく育っていたのです。

話は少し前後しますが、研究と並⾏し、新たな医療者の研究パートナーを引き続き探し求めました。
やはり臨床で課題に直⾯している医療者の⽅の声を活かさなければ、本当に使える医療機器にすることができない。研究を続けながら、機会をとらえ様々な⽅にコンタクトをし続けました。
ゼオシステムには、当初、そういった⽅々コネクションがありませんでした。どういった⽅に話をすれば繋がるのかすら分からず、とにかくいろんな⽅に話をする、そんな状態でした。
いわゆる医⼯連携という分野ではよくぶつかる問題ですが、単に医療者であればいいわけではなく、泌尿器であれば、泌尿器の専⾨家とつながらなければならない。
⼀度その扉を閉じられたゼオシステムにとって、これは想像以上に困難なことでした。

しかし。
暗闇に向かって⼿を伸ばす、そんな⾏為にしか思えなかったこうしたアプローチが、ふとしたことがきっかけで、そしていろんな⽅の協⼒で⼀気につながり、ある⽇実を結ぶのです。

志は繋がる

神奈川⼤学との共同研究に注⼒するさなか、泌尿器科の医師とつながるべく、様々なアプローチを試みていたゼオシステムの下川さんたち。
以前から、さまざまな協⼒をいただいていた横浜国⽴⼤学の技術移転機関、よこはまTLOの関係者から、変わった要望を受けました。それは
地元パシフィコ横浜で開催される、医療とICTに関するシンポジウムで

「⼤学の先⽣⽅が困るような質問をして欲しい」

というものでした。
その⽅にとってみれば、シンポジウムを盛り上げたい、そんな気軽な申し出だったのかもしれません。しかし医師とのコネクションを⼀度絶た
れてしまったゼオシステムとしては、これはチャンスでした。

もしかしたら、ご協⼒いただける先⽣が⾒つかるかもしれない。

2013年3⽉5⽇、下川信⼦さんはシンポジウムを聴講し、パネリストの先⽣⽅に

「医療現場に⼊るにはどうすればよいですか?」

と、ストレートに聞いていました。

「ウチにはいつも企業の⽅がみえてますよ」

そう答えてくれた先⽣が、いらっしゃったのです。

その先⽣が、いまもFreeflow®の開発にMDRSの⼀員として⽀援してくださっている、⼭末耕太郎先⽣でした。医学(横浜市⽴⼤学)と⼯学(横浜国⽴⼤学)双⽅で研究活動をしておられる、まさにFreeflow®︎のアドバイザーにふさわしい⽅でした。
シンポジウム後、すぐに⼭末先⽣の元を訪問しご協⼒をお願いすることができたのです。

その直後に、さらに嬉しい出会いがありました。
ともに神奈川⼤学との共同研究に協⼒してくださっていた神奈川産業技術センター(現KISTEC)の研究員の⽅が、尿流量計の開発をしたいという、泌尿器科の先⽣を発⾒したのです!

「患者の⼀⽇における排尿や尿量の状態を把握することは治療上きわめて重要である」
「排尿時の尿の流速を、採尿することなく測る携帯式の尿流計があれば、排尿状態や尿量を把握することが容易になる」

まさに探し求めていた、共通の志を持つ泌尿器の専⾨医。
この⽅こそが、当時東京⼤学⼤学院医学系研究科 泌尿器外科学教授として⽇本の泌尿器科診療のオーソリティでいらした本間之夫先⽣でした。

下川夫妻はもちろんすぐに、本間先⽣へコンタクトを取ったのです。

 

医師とエンジニア、それぞれの魂

本間先⽣の研究のご意向を知り、さっそく東⼤へ訪れたゼオシステムの下川夫妻。
ご紹介したように、公表された情報では研究相⼿の企業を求めるとはあったものの、当然ながら、申し出れば必ず受け⼊れてくださるわけでは
ありません。ゼオシステムの研究する「⽻根⾞⽅式による尿流量の計測」という考え⽅が、専⾨家である本間先⽣の視点から有⽤であると認めていただかねばならないのです。
⼀⽅、本間先⽣は⽇本の泌尿器科のオーソリティとして、以前からポータブルに扱える尿流量計のコンセプトはお持ちであり、ゼオシステム
以外の企業の開発動向も把握されていました。
世界的な動向でいえば、いわゆる「ロードセル⽅式」と⾔われる、物体の重⼒からくる圧⼒を電気信号に変換し、そこから重量等を導き出す⽅
式が主流でした。実は最初の回でゼオシステムが繋がろうとした別の研究者も、この⽅式で研究を続けていたのです。
そのことも含めすべての状況を把握した上で、本間先⽣は、ゼオシステムが⽬指す⽅式のほうが「⾒込みがある」と判断し、ゼオシステムを
研究パートナーとして採択することを選びました。
ついにゼオシステムは、最良のパートナー、本間先⽣にたどり着くことができたのです。

しかしその出会いは、決して⽢いものではありませんでした。
出会った最初から、下川夫妻は本間先⽣の医療者としての理想の⾼さ、そして厳しさに圧倒されます。

「排尿障害の治療は、⼈間の尊厳を守ること」
「⾼齢者にとって、⾃分の⼒で最後までトイレに⾏けることが⼤切」

この機器の開発は治療の質を上げるだけでなく、⾼齢者の⼈⽣をも左右すると⼒説し、崇⾼な使命感をもってあたることを求めた本間先⽣。
その想いにゼオシステムと協⼒者たちは、⽻根⾞⽅式の計測結果の正確さで応えるべく、以前よりも増して精⼒的に研究に注⼒していきました。
この邂逅は、ある意味、さらに厳しく⻑いワインディングロードの始まりでもあったのです。

後編へ続く